沿革

沿革

  • 大正15年盛岡市大沢川原に旧制岩手中学校開校
  • 昭和 2年広島英雄、岩手中学校に赴任。ラグビーを体育の正課とし岩手県ラグビー発祥の地となる
  • 昭和 4年本県初のラグビー定期戦、岩手中学vs盛岡中学
  • 昭和22年新制岩手中学校移行
  • 昭和23年新制岩手高等学校設立
  • 昭和29年学校図書館を竣工し石桜図書館と命名
  • 昭和51年創立50周年記念式典を挙行
  • 昭和62年校舎増築、体育館、プール竣工
  • 平成 5年滝沢に野球グラウンド造成工事完成
  • 平成 8年創立70周年記念式典を挙行
  • 平成12年寄宿舎竣工 石桜寮と命名
  • 平成18年創立80周年を迎え、中高一貫EXコーススタート
  • 平成20年県内初の私立併設型中高一貫教育校として認可を受ける
  • 平成28年創立90周年記念式典を挙行

沿革

創立当初の校舎の様子

創立者 三田義正翁(1861~1935)

政財界に於いて功成り名を遂げた三田義正翁の年来の念願は、郷土・岩手からの進取の気概に富んだ有為な人材育成であった。大正15年(1926)2月11日財団法人岩手奨学会を設立し、私立岩手中学校を創立する。 翁の建学の理想は「石桜精神」である。巨岩という植物の育成を許すはずもない、苦難そのものの環境にも負けず、それを割るようにして根をおろし、しかも来る春ごとに美しい花を咲かせている石割桜こそ、人生の手本と思えたのである。「石桜精神」を言い換えれば「質実剛健」であり、まじめな人間、強く健やかな人間こそ、創立者の理想とする人間像であった。これらと並んで、校規三大綱領の「積慶」「重暉」「養正」を校訓とした。校是は変わることなく一貫して継承、顕現され、石割桜に象徴される「石桜精神」の発揚は光輝をまし、多くの後進の育成に貢献した。

創立90周年記念にご遺徳を偲び、胸像を建立した際の文書より

学問への情熱と実績のストーリー(PDF)

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創立者三田義正が歩んだ軌跡

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